Re:vive 坂野 秀司さん

撮り続けるのは、いわきの、小名浜の誇り

 

いわきの美しい景色だけを集めた『いわき百景』というウェブサイトがある。

その編集長、坂野秀司さんもまた、小名浜を愛するひとりだ。

震災に見舞われ、美しい風景が一夜にして変わってしまった港町。

それでも坂野さんは、小名浜の美しい風景だけを撮り続けていくつもりだ。

(取材/文:小松 理虔)

 


坂野さんが『いわき百景』を立ち上げたのは、今からおよそ2年前。「娘に、お前が暮らしていたいわきって、こんなに美しいところだったんだぞって、ちゃんと写真で伝えたくて」。そんな想いがきっかけだった。仕事の合間、デジカメを手に、市内のあちらこちらに通う日々。写真は少しずつ増えていき、最近では、これまで撮り貯めた桜の写真などが評価され、展示や撮影の依頼も舞い込んでいたそうだ。


ちょうど、震災一日前の3月10日も、展示を依頼されていた三崎公園近くの宿泊施設を訪れていた。「僕のサイトを見つけてくれた幹部の方が、僕の写真を飾ってくれると言うので、何枚でも使ってください、いわきの景色が1人でも多くの人に伝わるならと、そう思って、自腹でパネルを作ったりして、すごく楽しみにしていたんです」。その次の日に、まさかあんなことになるとは、思いもよらなかっただろう。


3月11日。坂野さんは、仕事の関係で旧6号国道を車で走っているときに、大きな揺れに襲われた。ハンドルを押さえられないほどの大きな揺れ。とっさに道路脇に停車し、大きな事故には至らなかったが、家族との連絡がとれず、恐怖と緊張に襲われ、手の震えが止まらなかったという。「僕の場合は、幸運にも、家族にケガもなく、自宅も大きな被害を受けずに済みました。でも、石巻や八戸、そしていわきの沿岸と、これまで転勤を重ねてきて思い入れのある場所が、みんな津波でやられてしまいました。ほんとうにショックでした」。


坂野さんにとって、小名浜は特別な場所だ。「たまたま娘の幼稚園の手続きをした帰りに三崎公園を通ったら、その青空がほんとうにきれいだったんです。マリンタワーのスカイデッキに上って見えた青い海と空、緑の芝生。こんなに美しい景色があるなんて、感動しましたね」。それからというもの、カメラを持ち歩く日が増え、『いわき百景』はますます充実していくことになる。


思い入れのある場所だからこそ、小名浜の被害の状況が明らかになるにつれ、気持ちは凹んでいったという。「本当に泣きそうでした。アクアマリンはほんとに大好きな場所で、週に何度も来てましたから」。そして次第に、写真を撮る人間として、小名浜の被害の状況を撮影しなければと、思い始めるようになったという。「自分にも何かできることはないだろうか、ずっと考えてましたね」。しかし、坂野さんは、被災地の写真を撮らなかった。


それは、自分がこれまで積み重ねてきた『いわき百景』の存在があったからだ。「ぜったいに、いわきのいいところだけを集めようと思っていわき百景を始めたんです。それを見た人いわきの人に、いわきって素晴らしいなって、自信を持って思ってもらいたかったんです。それなのに、ネガティブな気持ちにさせるような写真を撮ることはしちゃいけないんじゃないか、そう思いました」。ポジティブなものだけを撮り続けることが、自分の誇りなのではないか。そんな風に感じていたのだそうだ。

 

ボランティアの表情や、町の復興の様子を折に触れて撮影することで、いわきの人たちに勇気を与えるという方法もある。それでも坂野さんは、あえて、変わりゆく四季の景色、美しいいわきの風景だけを撮り続けることで、いわきの人たちに勇気を与えたいと決めた。


『いわき百景』には、震災の写真がない。しかし、震災後の写真は、少しずつアップされている。つい最近も、小川諏訪神社の桜の写真がアップされたばかりだ。震災があろうとなかろうと、静かに命を燃やし、人々に感動を与える桜。四季が巡り、花が咲き、それを愛でることができるというそのことこそが、希望となるのではないか。そんな言葉が聞こえるような気がした。「地震なんてあったの? って気持ちで、いい風景を撮り続ける。それを続けていこうと思っています」。坂野さんは凛とした表情で、改めて決意を語ってくれた。

 

今後は、地域の特色が溢れた、いわきの祭りの写真を記録していくそうだ。坂野さんのことだ、きっとそう遠くない日に、輝くような太陽の下で、みんなが笑顔で神輿を担ぐ写真をアップしてくれるだろう。それが、いわきの、小名浜の復興の足跡になっていく。そう、僕たちのかけがえのない「誇り」になっていくのだ。

 

 

2011.4.23 up

 

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info  いわき百景

坂野さんが編集長を務める、いわきの美しい景色だけを集めたフォトブログサイト。いわきWebアワードの「ブログ部門」で、2年連続グランプリに選ばれるなど、高い人気を集めている。その情報量はかなりのもので、いわきの観光名所ガイドとしても機能している。