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SUPERLOCAL interview

カジタシノブ

自分たちの価値で勝負する、ということ

text & photo by Riken KOMATSU / posted on 2012.11.20

profile /  カジタシノブ  Shinobu KAJITA

1977年東京生まれ。WEBマガジン編集長、札幌市内の「フリースペースATTIC」の運営を経て現在アドバイザー。展覧会、ライブやトークイベント、演劇やデジタルサイネージのPRなど、様々なアート系イベントにプロデュースから現場設営まで様々な形で携わっている。

 

行政がリーダーシップをとって地域のクリエイティブを牽引する動きは、今では珍しいものではなく、むしろ流行の兆しさえある。191万の人口を抱える北の大都市も「創造都市さっぽろ」を掲げ、シーンを構築中だ。その札幌でプロデューサー・ディレクターとして数々の “悪巧み” を展開しているカジタシノブは、道産クリエイティブのリアルを知る1人。カジタに「“地方”の“大都市”」ならではのクリエイティブについて話を聞いた。地産クリエイティブが抱くべき志とは。

 

—自治体主導 札幌クリエイティブの現状

 

横浜市(デザイン)、神戸市(デザイン)、金沢市(工芸)の3都市に続き、ユネスコの「創造都市ネットワーク」認定を目指す札幌市。目下「メディアアーツ」部門での認定を目指し、さまざまなイベントを開催している。

 

今年8月には、話題の「プロジェクションマッピング」の大型イベントも開かれ、CGMデジタルサイネージと呼ばれる縦型ディスプレイを公共空間に置き、市民が自由に発表できる場も作られた。年々大きくなっていく行政の取り組みは、カジタら“悪巧み活動家”にとって心強いものに違いない。

 

そうですね。街全体がアートやクリエイティブに寛容になってきたので、地元の作家たちと繋がっていけば面白い動きになるんじゃないか、という匂いがし出した感じです。

 

作家はけっこういるので、行政の動きと作家たちの繋がりをどう作っていくかがこれからの課題ですね。行政が柱を立てることで、「あいつら気に入らねえ」って思うようなカウンターの作家も育っていく。状況が面白く変わっていくんじゃないかということに期待はしています。

 

ただ、札幌全体に言えることでもあるのですが、東京でもてはやされたものが流行るとか、全体的にはそういう印象です。札幌独自のシーンがあるかというと、どれも一般の人までは普及していません。自分たちで発信していこうという人はけっこういるけど、やっぱり市場として育っていないんです。札幌も地方都市という意味では小名浜と一緒だということです。

 

いわゆる表現活動のみで暮らしている人はほとんどいませんね。みんなバイトしたり、メインの仕事をしつつ制作活動したり、先生になって学校で教えたり、そういう何かしら兼任するスタイルが多いです。

 

市場がないという状況であれば、行政のバックアップは食い扶持を求める作家たちにとって心強いものに違いない。しかし、話はそうおいしいものではないようだ。本来は作り手サイドで行うべきことを行政が肩代わりしてしまうため(しかも行政が行うそれはレベルが高いというわけではない)、その役を担うべき人材が育っていかないという問題だ。マネジメント、批評、情報発信の分野は特に「問題だらけ」だという。

 

 

 

 

特にマネジメントをできる人がもっといないと駄目だと思います。それに、作家や作品の価値をきちんと評価し外に言える批評家がほとんどいません。芸術に対する教育はなんとなくあって、発表の場もあるけれど、批評家が圧倒的に足りない。やはり批評を含めた「発信力」の問題なのかもしれません。

 

札幌、というか北海道全体が陸の孤島なので外向きになりにくい。例えば東京などでは、ギャラリーや書店などにも全国各地の企画や展示のチラシが置かれていますよね? 札幌のチラシを道外で見かけることはほとんどなく、道外からお客さんが来ると思っていない。若い人たちもあまり期待してない感じで、それでは駄目だと思うんです。

 

ほんとうにクリエイティブでやりたいという人は、東京や海外に行きますね。色々意識している人ほど札幌には残らない。ただ、道外に行った人たちは、それでも札幌という土地が好きで戻ってきたがってるケースがほとんどです。仕事があって、普通に暮らせるなら戻りたいと。だから、これからは「仕組みづくり」「システムづくり」に携わっていきたいですね。もう少し大枠で形を考えないと。

 

カジタが嘆く人材不足の問題。これは、地産クリエイティブに限らず、地域ブランドや観光の世界においても共通する。コンテンツはあるのに、その価値を見出したり、個々を繋ぎ合わせ新しい意味づけをしたり、それらを広く発信していけるような指揮者が育っていないのだ。いわば、雑誌の「編集長」のような人材の不足問題。行政主導で行われるほど、それは起きうる。

 

小名浜のUDOK.にてカジタにインタビューを行った。
小名浜のUDOK.にてカジタにインタビューを行った。

地下歩道空間に展開されたプロジェクションマッピング。公共空間が幻想的なアートスペースになっている
地下歩道空間に展開されたプロジェクションマッピング。公共空間が幻想的なアートスペースになっている

 

—さらなる地方にある自立

 

編集長不在の問題を解決するヒントは、地方の大都市よりさらに地方にあるかもしれない。札幌近郊の小都市、人口数万人規模の町、そんな場所で生まれる地産クリエイティブに、カジタが注目しているものもあるようだ。札幌の外に、話題は移る。

 

道内で注目しているのが、苫小牧の「樽前arty」ですね。苫小牧周辺のさまざまなジャンルの作家さんが集まって、イベントやりましょうという感じで始まったそうです。造形家の藤沢レオさんという方が中心となって、最初は1年に1回だったんですが、現在は規模も大きくなったこともあって2年に1回になっていますね。「樽前arty」として地域の学校を回ったり、フリーペーパーをやろうという話も聞いてます。

 

苫小牧市は自治体に美術館がないような土地なんですが、博物館の一部を改修して美術館にするという動きも出てきていると聞いています。地方の小都市が文化芸術について投資がなかなかできない中で、とてもいい動きだと思います。

 

代表の藤沢さんが、本業として什器などを作ってるんですが、地元の企業やお店との繋がりが本業のほうでできているから、それが「樽前arty」にも繋がっている。だから無理がなく、生業と創作がうまくまわっている感じですね。

 

地域と結びついて、本業と活動の線引きが難しい中でうまく回っていくというのは地方特有ですよね。「樽前arty」の場合は、アーティストが主導で行われている点もいいですし、クラフト寄りなので発想が難しそうなアート一辺倒にならないのも持ち味なんじゃないかと思います。

 

作家自身が、地域の企業や店舗などから仕事を受けることで、本業での結びつきができていく。だから、その地域の中で「浮く」ことなく、プロジェクトにもつながっていく。まさに、その場所が生活拠点になっているからこその効能だろう。

 

限られた人しかいない小都市では、作家自身がプロデューサーにもディレクターにも広報にもならなければならない。しかし、逆にそれが作家の行動力を育て、プロデューサー的な総合力を与えていくのだ。なにもかも足りない地方だからこそ、それは育まれる。そんなことを、樽前artyは教えてくれる。

 

樽前artyは代表藤沢のアトリエが拠点となっている。
樽前artyは代表藤沢のアトリエが拠点となっている。
樽前arty2011で開催された「樽前堂」。
樽前arty2011で開催された「樽前堂」。
メンバーで高校を訪問するなど活動は幅広い。
メンバーで高校を訪問するなど活動は幅広い。


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