小名浜の景観をスケッチしに出かけよう写生会

 

先月末、小名浜の風景をスケッチの中に、そして記憶の中にとどめようというアートプロジェクト「小名浜の景観をスケッチしに出かけよう写生会」が行われた。参加者それぞれが、記憶のページをめくりながらの作画。年々移り変わる地方都市の景色の中に、参加者たちはいったい何を見いだしたのだろうか。

text by Mariko KENZ, photo by Ichinosuke TAKAGI

 

あなたは、今住んでいる町の景色を描いたことはあるだろうか。小学生のとき、学校の写生会で絵を描いたという人は多いかもしれない。この私も、小学時代の夏休みの課題で、部屋の窓から見える景色を、母に手助けされながら描いた記憶がある。その景色は、今はすっかりの絵の中のものだけになってしまった。どこでも当たり前かもしれないが、地元の景色なんてものは、そこに暮らす人たちにとっては当たり前のもので、得てして何も意識せずに通り過ぎてしまうものだ。

 

誰かに言われてはじめて「そういえばあのビル、なくなってたんだ」とか、「あれ、こんなところに駐車場なんてあったかしら」と首を傾げるばかりで、今ではあんなに通ったはずの小名浜の商店街の姿を、思い出すこともできなくなっている。何十年と同じ町に住んでいれば、そうなっても仕方がない。しかし、町の変化は確かに進んでいる。特に震災後の町の変化や景観の破壊は、私たちの関心のおよばないところで静かに進行しているのだ。

 

主催者のOAM代表、高木市之助は言う。「ある程度の年齢に達したからこそ、その絵には、そこで暮らしてきた思い出が線となって現れるんじゃないかと思います。町の変化は仕方ない。でも、『ここにはこんな建物があって、こんなことをしたんだ』って、思い出が伝えられないまま景色が消えてしまうのはもっと悲しい。だから、絵を描くことも含めて、まずは思い出づくりが大事なんじゃないかと思ったんです」。

 

小名浜の町中に、おもむろに描き手が出没していく。
小名浜の町中に、おもむろに描き手が出没していく。
中華料理店を前に陣取る参加者。こちらも小名浜の歴史ある名店だ。
中華料理店を前に陣取る参加者。こちらも小名浜の歴史ある名店だ。
オルタナティブスペースUDOK.が描かれた作品。
オルタナティブスペースUDOK.が描かれた作品。

 

小名浜のまちなかに突如として現れ、おもむろに椅子に座りながら絵を描く人たち。町の人には奇妙に見えるかもしれないけれど、おもしろがって話しかけてくれる人も多い。中にはとおりすがりのおばさんからチョコレートをもらった参加者もいるという。絵を描くという行為が、小名浜に暮らす人たちとの会話を生み、会話を通じて、さらにその人の記憶をも共有できる。それがまた、絵の中に入り込んでいくのだ。

 

「完成した作品は、上手下手ではないと思うんです。じっくり描いていけば、それが自分の線となり、世界で一枚だけのスケッチになる。スケッチした人のフィルターを通した景観は、いつまでも生き続けるんだと思います」と高木。多くの参加者が、絵を描くことを通じて、改めて自分の住む町への愛着を再確認したという。時間をかけて絵を描くという行為が、自分の中にも町の中にも変化をもたらしていく。高木の狙い以上の結果を生み出しているようだ。

 

参加者はそれぞれ愛着のある場所を描いた。そこに流れてきた記憶を掘り起こしながら、絵を描いたことだろう。そこには「過去」の時間が流れているはずだ。しかし、みんなが通り過ぎてしまうような当たり前の風景の中に自分だけの価値を見いだすことは、小名浜の町並みに新たな価値を与えることになる。そして、絵に描かれた建物がふたたび愛され、新しいコミュニティや風景が生まれていくことにもつながる。 それはつまり、「未来」を作るということではないだろうか。

 

このイベントの参加者たちは、「あの時代はよかったね」と、古き良きノスタルジイに浸って絵を描くのではなく、小名浜の価値を掘り起こし、それを保存し守ることを通して、小名浜の未来を創造しているのだ。絵の中に描かれた小名浜は、記憶の中に眠る小名浜ではなく、「こんな小名浜に住みたい」という、生き生きとした未来の小名浜である。私も、ペンではなく絵筆を握ってみようかな。皆さんの絵や線を見て、ますますそんなことを考えている。

 

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