2013年

6月

11日

東北に在りて / vol.1 藤田はるかさん

posted on 2013.6.12 / text by Riken KOMATSU


photo by haruka fujita
photo by haruka fujita

 

「東北に在りて」。

 

なぜ今、東北で、クリエイティブに携わるのか。当事者たちの言葉から、少しずつ東北の姿をあぶり出そうというのが、このコーナーの趣旨。今回皆さんに紹介するのは、ライフワークとして東北の写真を撮り続けている仙台市出身のフォトグラファー、藤田はるかさんです。

 

はるかさんは、震災直後から、自らの撮影と平行して、東北に花の苗や種を送る「たからもの」というプロジェクトを運営しています。たからもののウェブサイトには、メンバーが出会った人たち、体験したことがら、そして訪れた土地土地の日常が、確かな温度を持って綴られています。

 

東京と宮城を往復するなか、つい先日になりますが、はるかさんがクリスマスローズを持って小名浜にやってきてくれました。今回のインタビューは、その際に行われたものです。柔らかく、少しぼそっと話すその独特な話し方が心地よかったことを思い出しながら、はるかさんの言葉を綴ってみたいと思います。

 

 

―「たからもの」、について

 

たからものが始まったのは、2011年の4月17日から。きっかけは、私自身が東北でずっと花を撮ってたことなんですけれど、土の色以外、なにもなくなってしまった東北の浜辺にいつか花を植えに行きたいと思っていました。そんなときに、花の仕事をしている同級生から電話があって、「沿岸部で農家をやっている男の子がいるんだけど、全部流されてしまった。庭に花を植えていたのに、茶色一色になってしまってとにかく花を植えたい」と言われました。

 

そこからいろいろな人を紹介し合ったりして、ハブみたいなホームページができあがったんです。仙台の実家からは「水が出るまでは来るな」と言われていましたから、わたしが東京に居る間に何かできることが欲しくて、しばらく東京で制作をしていました。

 

当時は、情報だけはすごく溢れていて、でも、そこにしばられたくはなかったし、現地の人たちの暮らしは、そんな情報とはまた別のところにあって。だから、東京の価値観を押し付けたくなかったので、絶対に地元から発信すべきだと思っていました。長く続けたいから、震災のことだけではなく、日常の生活も取り上げるようにしています。

 

シンプルなデザインの「たからもの」。何度でも、何度でも、種をまこう、という言葉が胸に柔らかく刺さる。
シンプルなデザインの「たからもの」。何度でも、何度でも、種をまこう、という言葉が胸に柔らかく刺さる。
小名浜での早朝散歩フォトセッションに参加してくれたはるかさん(左)
小名浜での早朝散歩フォトセッションに参加してくれたはるかさん(左)
小名浜工場夜景撮影バスツアーで撮影された1枚。/ photo by haruka fujita
小名浜工場夜景撮影バスツアーで撮影された1枚。/ photo by haruka fujita

 

―仙台で見た、東北の原点

 

わたしが仙台の家に帰ったのは、水が復旧した3月の終わりくらい。早朝に着いたときの仙台駅前がすごいきれいだったの。ゴミひとつ落ちてなくて、人も誰もいなくて、お店も開いてなくて。でも、そこで感じたのは、朝日の美しい町並みのなかに含まれている「狂気」でした。

 

東北合わせて2万の命が失われている。家族や友人を含めれば、何百万人という方が家族や知人を失っているわけです。その悲しみ、どうしようもなさ。それが、朝のなにもないきれいな風景のなかにあって、思わずぶわっと襲ってきました。一見なんともないけれど、さまざまな感情が渦巻いている。そんな景色のなかに、東北の根源を見た気がしました。あの光景は一生忘れられません。

 

短大を卒業して、スタジオで3年くらい働いてからは仙台を離れてしまったけど、最初から東北が好きなのは自覚してました。寒いところが好きなんです。ほとんど寒いところばかり行っています。押し黙って、強烈に美しいもの。無愛想な感じが好きなんです。

 

同じ寒いところでも、甲信越とかと全然違う。田舎だったらどこでもいいわけではないのです。違うんですよね。湿度かなあ。暗いですよね。そこが好きなんです。圧倒的な光より、暗いところで見える光が好き。気がついたら「これって光だったんだ」みたいな暗さ。写真も、なんか全体に青に転んでしまうんです。温度が低い感じ。


今から3年前に、撮影の仕事でバリとタヒチに行ったんです。本当に天国みたいで、あまりにきれいで、全然ストレスを感じなくて、3日後「ああ、ここには雪が降らないな」と考えたら、絶対に住めないと思った(笑)。ここでのんびり生きていくのは無理。厳しさの中の自然から学んで、それを鬱々と考えてしまうような場所がやっぱり好きなんですよ。

 

2012年LIGHT UP NIPPIONの花火。いわき市四倉。 / photo by haruka fujita
2012年LIGHT UP NIPPIONの花火。いわき市四倉。 / photo by haruka fujita
散る花びらがあまりに切なく美しい1枚。宮城県大河原町で撮影されたもの /  photo by haruka fujita
散る花びらがあまりに切なく美しい1枚。宮城県大河原町で撮影されたもの / photo by haruka fujita

 

―日常の厳しさの中にある、自然への敬意、美しさ

 

これまで撮りだめていた東北の写真を2011年に締めくくろうと思っていたのだけど、つい最近、すごく少しなんですけど、わたしの中にロシアの血が入ってるっていうことを聞いて、撮影の締めくくりとしてロシアにいったんです。2011年の2月でした。

 

でも、3月に地震があって締めくくれなくなってしまいました。地震をなかったことにして東北の写真は出せないと思って、今回、ロシアを「出発点」に変えて、また東北に戻って制作を続けています。震災後の写真もあるのだけど、それは「震災の写真」ではなく、「東北の写真」だと考えています。結局、震災があったということはどうにも超えられない。言わなくてもみんなの中にある。だから、前から変わらず「東北」を撮っていきたい。

 

「たからもの」の立ち上げに携わった同級生が言っていたことを思い出します。震災直後、泥だらけで、髪も洗えなくて、ものすごい最低限のことしかできない日々で、たまたま食べ物を配る人たちのところから音楽が流れてきたとき、すごく感動したそうです。「わたしはまだきれいなものをきれいだと言える気持ちが残ってるんだって気づいた」って。

 

その言葉に、「人の尊厳」というか、すごくハっと思わされました。アートとか、プラスアルファなことをやっている人は、震災後に自分たちの役立たずぶりを思ったはず。でも、生きていく上でそういうものがやはり必要なんだって気づくことができました。それは日常のなかにありふれていたはずなのに、今になって再確認させられました。

 

だから、これからも東北の日常に目を向けていきたい。その日常のなかに、東北の人たちの、自然に対する敬意、態度の美しさがあると思います。それは、仙台で見た朝にもつながってるような気がするんです。厳しさや寡黙の中にある美しさ。そこに触れたときの感覚。そういったものを大事にしながら、これからも東北を撮っていきたいと思っています。

 

 

profile  藤田はるか

1972年宮城県仙台市生まれ。94年に仙台の広告写真スタジオに入社し、98年には仙台で個展を開催。同年に渡英。01年に帰国し、02年よりフリーとなる。2011年から2012年までの作品をまとめた「いくつもの 音のない川」(英語ではsoundless river)が、ドイツ、カッセルの「2013 Photobook Dummy Award」にノミネートされている。

fujitaharuka ​photograph​s:http://www.fujitaharukaphoto.com/

たからもの:http://www.tanetotakara.com/