FEATURE
からみ、ほぐされる小名浜の線
線を引き続ける小名浜在住のドローイング作家untangle.による初の個展「DURING DRAWING」が、いわきアリオスのアリオスカフェで開催中だ。何かを描いているようで、しかしそれが何かはよくわからない。つかみどころのない「線」による表現について、そして、小名浜との関わりについて、在廊中のuntangle.に話を聞いた。
—2年間の集大成
大小3つの劇場があり、大勢の人が行き交ういわきアリオス。「作品を見に来た人」だけではなく、コーヒーを飲みながらコンサートの余韻を楽しむ人や、たまたまそこに居合わせた人たちが混じり合うような空間に、作品は展示されている。2011年3月11日の東日本大震災発生から2年間で描いてきたドローイング作品を展示した「DURING DRAWING」。untangle.にとって初の個展となる。
震災直後に描かれた連作「awa」、吹き絵の手法を用いて制作された「fuki」といった作品には、untangle.特有の繊細で美しい線が幾重にも重ねられている。一方で、震災後に積極的に参加しているライブドローイング作品からは、まるで海中生物の触手のような、あるいは植物の蔓のような生命力を感じる。さまざまなスケール感を感じさせてくれる作品群は、大自然の多様な有りようが描かれているかのようだ。
「アリオスで開催した狙い、そうですね、アリオスで個展というと少しベタというか、もう少し自分の気に入っている空間やギャラリーで開催するのも手なんですけど、やっぱりこうして不特定多数の人が集まる場所でやりたかったんです。ぼくの絵を能動的に見にきた人だけでなく、偶然に通りがかった人の目に止まらないような絵じゃ意味がないと思うし、この線を通して小名浜のこととかも知ってもらいたいなと」。
—「からみほぐし」と小名浜の海
untangle.が「線を通して小名浜のことも知ってもらいたい」と語るのは、彼の引く線のルーツが小名浜の海にあるからだろう。担当教授から「とにかく自分がいいと思う線を引け」と指示され、毎日のように無心に線を引き続けた長岡造形大学院時代。悩み、苦しみ、自分と向き合う中で次第に浮かび上がってきたその線は、打ち寄せる波のゆらぎのように、ゆるやかな曲線を描いていたという。
「そのときですね、小名浜の海がルーツだったんだと改めて気づけたのは。大学で学んできたことやプライドみたいなものが打ち砕かれていたときだったので、自分と向き合うことはそう楽じゃなかったけど、そこでようやく自分の線を見つけることができました」。自分の線を見つけた丹は、その線を建築やデザインに活かし始める。やがて、それを「思想」のレベルにまで練り上げ、線化によって物事の関係性や姿を描き出す「からみほぐし造形論」が生まれた。
しかし、自分を支えていたはずの小名浜の海が突如として牙を剥いた。震災後しばらく、untangle.はペンを握ることすらできなくなっていたと振り返る。「正直、しばらく何も描く気になれなくて、海のそばにも行けませんでした。久しぶりにスケッチブックを開いて明るめの絵を描こうと思ったこともあったんですけど、1枚描いてはダメ、2枚描いてはダメ、その繰り返しでした」。untangle.が震災後に小名浜の海を見たのは、カレンダーが4月になってからのことだ。
その後、ようやくスケッチブックを見つめ直し、『awa』と名付けられた5枚の作品が完成した。「自分の線は、どうしても波、津波を連想してしまう。そこで、細胞が分裂してブクブクと泡を生むような感じ、泡が弾けるさま、再生などをイメージしてこの名前を付けました」。弱々しく頼りない線だが、そこには、静かに生まれくるエネルギーのゆらぎがあった。それでも線を引こうとしたuntangle.の産みの苦しみが、線に滲んでいる。
—線に込められた思い
untangle.の作品は、本人が「完成を予想して線を引いているわけではない」認めるように、どれも綿密に計算して制作されているわけではない。常に、即興性の中で線が引かれている。「衝動」と言ってもいいかもしれない。「だから、後になって見返した時に、この絵を描いていた時はこんな気持ちだったかもしれないと気づくんです」。彼の瞬間瞬間、その時に感じたものが1本1本の線に込められているのだ。
今回の展示で特徴的なのは、untangle.の独特の審美観。遠くから見ると美しい曲線のように見えるが、近づくと、細部がとてもグロテスクな形状をしているのだ。美醜を兼ね備えた、生々しい美しさとでも言おうか。花びらのように描かれた曲線も、ディテールはどことなく毒気を含み、食肉植物のような、あるいは、大木を枯らしてしまう「蔦」のような、強く生々しく伸びる線も多く引かれている。
「自然のものって、例えば空とか新緑なんかもそうですけど、グラデーションがきれいだと思われがちです。でも、俺はそうは思ってない。微生物を拡大してみると実はすごくグロテスクなカラーリングをしていたり、なだらかな変化ではなく、むしろ激しい変化が起きていたりします」。それは、刻一刻と変わる震災後の被災地の状況や、untangle.の心理状態をそのまま表しているのかもしれない。
線を引くと言うのはとても初歩的な行為だ。線なら誰でも引ける。「誰でもできることだから、自分が出てしまうんじゃないかと思いますし、それが線を引くことの楽しさかもしれません。こうして展示してみて、ようやくこの2年が清算されたような気がするんですよ。ドローイング作家云々じゃなく、自分にとって必要なことだったのかもしれません。これからまた、新しい表現に挑んでいけるんじゃないかと思います」。すっきりとした顔でuntangle.はそう語った。
—研ぎすませていく。焦点を絞っていく。答えを出していく
そんな話を聞きながら、またuntangle.の線に目を移す。粗と密の関係性、余白の妙、太さと細さのバランス。それらはすべて、「からみほぐし造形論」に基づくものなのだと気づく。線がびっしりと「からむ」。そこに力が生まれることで、その先端では逆に力が抜けて「ほぐし」が生まれる。深い悩みのストレスに先に突き抜けた解放があるように、微妙な「からみ」と「ほぐし」のバランスで、私たちも生かされているのだと知る。
untangle.の2年にわたる制作も、壮大な「からみほぐし」の中の1つのフェイズなのかもしれない。震災で張りつめた想いを線に込め、幾度となくライブパフォーマンスに参加し、己の表現に挑んで来たこれまでの2年は、untangle.にとっての「からみ」だったに違いない。ならば、これから彼から紡ぎ出される作品は「ほぐし」のフェイズから生まれるのだろうか。
「いや、逆で、震災から2年の制作は、からみではなく、ほぐしだったと思います。「建築」の世界から離れて、自分のやりたいようにやってきましたから。逆に、これからドローイングという世界にどっぷりと浸っていく。そこからが、密の世界、からみの世界だと思います。研ぎすませていく。焦点を絞っていく。答えを出していく。そういうアプローチに踏み込んでいきたいと思います」。緊縮と弛緩を繰り返しながら、untangle.は線を引く。寄せては返す小名浜の海のように、強く、生々しく、そして穏やかに。
profile
untangle./からみほぐし研究所
1983年、いわき市小名浜生まれ。2010年に小名浜にUターン。
2011年5月 商店街の空き店舗を活用したクリエイティブスペース『UDOK.』を起ち上げる。
現在は会社員の傍ら、からみほぐし研究所としてUDOK.にアトリエを構え、制作の日々を送っている。
http://karahogu.wix.com/untangle
information
untangle. Exhibition『DURING DRAWING』
会期:2013年3月1日〜3月31日 10:00~18:00 (第2火曜定休)
会場 : いわき芸術文化交流館Alios 2F アリオスカフェ
〒970-8026 福島県いわき市平字三崎1-6
http://iwaki-alios.jp/institution/shops/index05.html
text & photo by Riken KOMATSU
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