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INTERVIEW

菅原  暁  Satoru SUGAWARA

純白のシャツに通す、真っ白な手

posted on 2010.6.1


 

釣り人がよく集まる理容店が小名浜にある。釣りを愛するその店の店主は、魚を釣る時も、誰かの髪を切る時も、鍵は「感じて引き出す」ことだと語る。その手が繰り出す何かに、魚も僕たちも、引きつけられてしまうのだろう。「何か」の答えが知りたくなって、僕は、開店前のドアを叩いた。


午前8時。連休の町がまだ寝ぼけ眼でいるころ、僕は店のドアを叩いた。開店までもう少し。店を掃除したり、開店の準備に忙しいとは想像はしていたが、そんな僕の心配は杞憂に終わり、菅原、いや、いつもようにサトルさんと呼ぼう、サトルさんは、僕の訪問に嫌な顔ひとつせず笑顔で出迎えてくれた。

 

飾り気のない、しかし妙に座り心地のいいソファーに腰を下ろす。サトルさんは、足にローラーのついた小さな椅子をガラガラと引っ張りだしてきて、僕の前に座った。「おつかれさま、あ、コーヒー飲むかい?」 せっかく座った腰をもう一度上げて、サトルさんはいつもそうやって、僕のために1杯のコーヒーを淹れてくれる。

 

シャンプーのさわやかな香りに、香ばしいコーヒーの香りがブレンドされる。それがこの店、S hairの匂い。ハワイのリゾートホテル、とまではいかないけれど、いろいろな疲れから解放されるには十分な「芳香」であることには間違いない。僕は、その贅沢な芳香にしばし身を委ねつつ、「何か」の答えを探ろうと、質問を投げかけていった。

 

 

—このソファー、不思議ですけど座り心地、いいですよね。

 

「そうかな、普通のソファーだよ。でも、そこの、髪を洗うためのシートは自信あるよ。けっこう高かったし、お客さんもけっこういいって言ってくれるし。やっぱりできる範囲で居心地よくしたいじゃない」

 

—確かにそのシートに横になって髪を洗ってもらうと、寝ちゃいますよね。

 

「だよね、やっぱり寝ちゃうお客さん多いよ。でも寝ちゃうってことはリラックスしてもらってるってことだと思うし、うれしい反応だよね」

 

—そろそろオープンしてから2年でしたよね?

 

「うん、7月で丸2年だね。それでやっぱ2年やってみて、つながりって大事だなぁって思うようになったなぁ。やっぱりいわきって床屋さん多いし、俺よりもうまい人いっぱいいるし、料金が安いところもあるでしょ。そういう中でお客さん来てもらうには、趣味とかさ、友達の関係とかがきっかけになってくるでしょ。だからそれもあって釣りもやってるんだけど」

 

—釣りっていつからやってるんですか?

 

「床屋の仕事始めるのと同じくらいだから、9年ぐらいやってんじゃないかな。今の仕事と同時にハマった感じ。釣りって奥深いんだよ。魚を釣るまでの過程。キャストがうまくいくようにとか、考えることいっぱいあるもん。例えばさ、海の中の地形? 棚になってるとか、潮の流れとか、時間帯とか天気とか、釣れるまでにやるのがいっぱいあるんだ」


 

—サトルさん、髪型とかの話より釣りの話の方が好き?

 

「はは(笑)、そうだね、釣り楽しいもん。やっぱり自然との闘いでしょう。あの魚が抵抗する感じ、あれこそ闘い。あの魚が抵抗する感覚って普通に生活してたら感じられないでしょ。最近は海釣りが多くなったけど、昔よく沼にバス釣りにいってさ、夜が楽しいの。シーンとしてるでしょ、そこで月明かりだけを頼りに沼の水面を見てさ、それでいきなりガバって!! さっきまで何の音もしてなかったのに、いきなり。水の音とかリールを引く音とか、色んな音があってさ、楽しいんだ」

 

—それすごいですね。夜で見えないからそれだけ手に集中してないと釣れないんじゃないですか?

 

「そうだね、バスってルアーで釣るでしょ。そのルアーの動きを手でやるわけだから、集中してないといけない。たとえば、沼の上をトンボが飛んでるとする。そうすると沼の魚には『トンボが落っこちてきた!!  食い物だ!!』って思わせられれば釣れる。だから、トンボが沼に落ちてきた音をルアーでちょこんちょこんって再現するのよ。そのほかにもさ、小魚ならどう動くかとか、ザリガニだったらどういう音になるかとか、それで、引いたときにこっちも反応できるように、集中してないとダメだよね」

 

—その集中することって、髪を切るときにも共通しませんか? 人の髪を切るわけだから間違っちゃいけないし、釣りの集中力が理容師としての集中力にもつながるってことはないんですか?

 

「ああでもそれもあるかもしれない。でも集中って言っても、リラックスしてないと集中ってできないと思う。釣りも、仕事のときも、ほら、相手があってこそでしょ。釣りだって、相手に合わせてルアーを動かしたりとかキャストする場所を見極めたりとか。髪を切るときだってさ、自分がどう切りたいかとかじゃなくって、お客さんが何を望んでいるかを感じていかなくちゃいけないでしょ。リラックスしてるからこそ、相手が何を感じてるか、それをどう引き出すかに気づけるんじゃない?  うんそうだなーやっぱりリラックスって大事だわ」

 

—サトルさんも変に気合い入れないでリラックスしてるから、お客さんもリラックスできるってのはありますよね。ほら、やっぱり自分で釣ってやろうって思ってると、それが魚に伝わって逃げられちゃう。だからリラックスして釣る気なんかねえよ、みたいな感じになってると釣れちゃう(笑)

 

「うん、そうかもしんない。店のこともそうで、やっぱりそれが居心地がいいって思ってもらいたい。特別おしゃれじゃなくてもいい、俺と同じくらいの年の人が来てくれたとき、なんか落ち着くなぁとか、それは大事にしたいよね。だから、常にリラックスしようって心がけてる。たまにはさー、変なお客さんとかいるかもしれないけど、俺ほとんど怒らないもん。シャンプーの香りとか、コーヒー出したり自分でも飲んだりするのも、やっぱりリラックスって大事だと思うからさ」

 

—あ、でもそれってサトルさん本人もそうですよ。だってサトルさんと話してるときはなぜかわからないけどリラックスしてますもん。

 

「はは、そうかな〜」

 

 

—サトルさんって前はたしか営業マン?だったんですよね?

 

「そう。建設会社の営業マン。仕事はねぇ楽しかったよ。でもさー、誰にでもあることかもしれないけど、若い頃って『自分で何かやりたい』って思うじゃない?   それで、わがまま聞いてもらった感じかな。それなのに、今は前の上司がお店に来てくれて、会社辞めちゃった元部下を応援してくれるんだよね。あぁやっぱり人のつながりって大事にしなきゃいけないし、ありがたいなぁって思うよ」

 

—数ある職業のうちでどうして理容にしたんですか?

 

「ほら、オヤジになっても定年がないでしょ。俺の中ではオヤジになったら女性は切れないなって思ってて、でもほら、俺が60過ぎても60過ぎの友達の髪切れるし、お客さんに来てもらって、それで趣味の話とかしながらさ、そういうのいいじゃない。自分の時間も大事だし、お客さんとの時間も大事だし、つながりが生きてくるし、この仕事ってそのバランスいい。今が一番楽しいかもしんない」

 

—でも、60まで長く仕事してくためにはやっぱり体が大事ですよね。ましてや釣りなんかしてるとき、針でケガしたとか、転んで骨折ったとかそんなこと起きたら商売道具台無しじゃないですか。

 

「いやぁ特に手をケアするとか、あんまり考えてないね(笑)。俺にとっては釣りも仕事もどっちも楽しいし、同じ関係なんだよね。それにほら、釣りって仲間ができてさ、つながりができてって、それでお店にも来てもらえるし、すごいと思うよ。ゆくゆくはさー、もう少し釣りの道具とか置いちゃってさ、釣り人がもっと集まって、賑やかになるような店にしたいんだ。それでみんなリラックスしていってもらえたら、うれしいなぁ。だから、仕事も大事だし、釣りも大事!!」

 

—そうですね、それにサトルさんの場合は、釣りをしてるから常に手の感覚が磨かれて、理容師としての技術もあがっちゃう、とかありますよ、きっと(笑)

 

「そうだといいねー(笑)、でも特別ほら、別に理容師の技術に役立てたくて釣りやってるわけじゃないし、もしかしたらそういうこともあるかもしれないけど、さっきも言ったけどさ、相手があってのことだし、技術って当然のことでしょう。技術がいくらあってもさ、相手が思ってる、感じていることを理解しなくちゃいけないし、そのためにはお互いリラックスしてるのが一番いいんじゃない? だから、リラックスできるように俺も注意してるし、居心地がいい店になるようにすごく気にしてる」

 

—その意味では、お店がここにあるって大事じゃないですか?

 

「そうだねぇ〜小名浜はやっぱり釣り行くのも近いしさ、釣り好きのお客さんも多いから、小名浜だと来やすいでしょう。平あたりから来てくれるお客さんもいるけど、小名浜はやっぱり俺にとってはベストの場所かもしんない。今はメバルとか夜の釣りもあるし、小松くんこんどまた、釣り行こうよ。夜の釣り、楽しいよ」

 

 

帰り際、「もう一杯コーヒー飲んでいったら?」なんて声をかけてくれたサトルさん。「そろそろお店始まりますよ」なんてやり取りしているうちに、近所のおばあちゃんがやってきた。「おばあちゃん、おはようございます〜。今日はど〜していくんだぃ?」 いわきの言葉でおばあちゃんに優しく話しかけるサトルさんを横目に、僕は軽くお辞儀をして店を出た。

 

家に着く前の間、僕は「釣りと理容の共通点」なんて野暮なことを聞こうとした自分が少し恥ずかしくなった。サトルさんは「小松くんそんなに話難しく考えるなよ」って言わんばかりに、「だってリラックスが大事じゃない」。そうだ。答えは見つかった。

 

「着ているうちに、なんだかんだで一番しっくりくるようになった」という白いシャツ。今ではすっかりユニフォームになった。そして、僕はその白シャツのサトルさんを思い出してこう思った。サトルさんは、まるで、その何色にも染まっていない純白のシャツのような人だって。サトルさんの手も、そのシャツと同じくらいに「真っ白」だ。お客を、自分の色に染めたくないから、自分は真っ白なんだ。だから、僕たちは不思議とリラックスできてしまうんだ。

 

サトルさんは今日も、その袖に手を通す。その白に、いつの間にか魚たちは吸い寄せられ、「どうして自分は吸い寄せられたのか」なんて知るよしもなく、ひょっこり釣り上げられてしまう。そしてまた、1ヶ月も経つと、この白目指して知らず知らずのうちに扉をノックしてしまうのだ。

 

text and photo by Riken KOMATSU

profile  

菅原 暁  Satoru Sugawara

1977年いわき市生まれ。建設会社の営業マンを経て、9年前に理容師の道へ。国家資格を取得後、市内の理容店で経験を重ね、2008年の7月に独立し、念願の理容店「S hair」を開業。趣味は釣り。愛車はスズキ・ジムニー。

ブログ『釣りブログ★Sキチ三平』

 

S hair

福島県いわき市小名浜字丹波沼61−1
0246-84-7055

9:00〜20:00 毎週月曜定休

 

 

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