ギャップのはざ間で見えたもの

Re:write vol.12 / text by momokojet

 

3月11日。

 

東京の勤務先で、地震に遭遇した。地震の最中は「机下に潜れ」なんて皆に声をかけていたくせに、震源地がわかった瞬間から混乱し、取り乱し始めた。

 


上京して8年。故郷はいわき市小名浜。上野―いわきは電車1本。東京―いわきもバスで1本。いわきや小名浜というところは、いつでも好きな時に帰れる場所だと思っていた。実際、3月12日には小名浜に帰るつもりでいたのだ。

 

明日帰るはずだった小名浜に、いつ帰れるかもわからない。帰れるどころか、家族がどうなるのかもわかならい。震災の日から、私はひどい情緒不安定状態になった。

 

会社では仕事が手につかず、単純作業を回してもらってもそれすらこなせない。起きた地震の震源地を知っては泣く。小名浜や豊間の映像を見ては泣く。その繰り返し。周囲からの気遣いは痛いほど感じていた。それでも、「実家大丈夫?」と声をかけてくれる人には「全然大丈夫じゃない」というかわいくない返答をし、予期せぬ返答に相手が見せる曇った表情にも、心の中で(どの状況をみて大丈夫?なんて聞けるのだろうか)と悪態をついていた。


上京してから知り合った人の中には、被災した人もいた。しかし、被災していない人のほうが、断然多かった。周囲が話す震災の話は、あたかも何かのイベントを話しているようにしか聞こえなくなり、私が口を開くと話題が重くなって場が白けるのを感じた。

 

自分の地元、家族に何か起きなければ、他人事になるのも仕方ないのかもしれない。だから、ごく当たり前のことなのかもしれない。だけど、やっぱり耐えられなかった。震災の話で笑ったり、うんざりした空気になったり。自分の気持ちとのギャップが大きすぎて人と話すのが苦痛になり、気づけば、人と接することを避けるようになっていた。

 

 

その反面で、地元とのギャップにも悩んだ。地元の家族は川の水を汲んで生活し、震災から数週間でようやく風呂に入れたと喜んでいたし、物資も不足しておにぎり1つで1日を過ごしている人もいるというのに、私はいつも通りご飯を食べ、水を飲み、風呂に入っている。家族がどんな気持ちで毎日を過ごしているか、ライフラインが断絶した時の状況、映像で見たり聞いたりしただけで、実際はわからない。

 

これは「当事者」ではなく「当事者の家族」というだけではないか…それなのに、関東では被災者として暮らしているなんて、許されるのだろうか。小名浜の人からすれば、自らが苦痛と感じて避けていた人たちと同じ位置にいるのではないだろうか。そんな立ち位置で、何ができるというのだろうか。何もできない。心は折れかかっていた。

何もできずに日々を送るうち、あろうことか被災地の母と叔母から励まされ、姉から物資を送ってもらうという事態が発生した。震度6弱までは心配するなと言いながら5弱の地震で笑う母。避難した新潟から私のためにティッシュや電池を大量に送ってきた姉。そしてインターネットで見る、小名浜の人々。

 

状況的に何かせざるを得ないのかもしれない。が、それが例え小さいことでも、みんな行動していた。私がマイナス思考でいる最中も、被災地では辛い状況を乗り切ろうとしている人がいて、さらにその中で助け合っている人がいる。小名浜では、売れるものがない中でも営業を続けるお店があることも、知った。声を掛け合って生きている人たちを、知った。立ち向かうしかないのかもしれない。選択肢がないのかもしれないけど、強いと思った。何の支障もない生活の中で、何もできないと言ってただ何もしていなかっただけの自分を、恥じた。

 


微力だが、まずは私自身が、小名浜を意識して暮らすことから始めている。知名度もなくて名物も微妙でパッとしなくて、20年間住んでいたのに魅力に気づかなかった小名浜。そんな小名浜が壊れ、家族が悲惨な状況下に置かれたことによって受けた精神的大ダメージが、皮肉にも、私の中に小名浜と家族が深く根付いていたことを教えてくれた。

 

震災で失ったもの、元に戻らないものは山のようにある。その中で小名浜や家族、自分と向き合うことができたのは、唯一、収穫だったのではないか。

 

小名浜。

 

何が良いのか全然わからないけどとにかくいい。そんな街に、これからはもっと向き合っていきたいと思っている。

 

 

2011.7.3 up

profile momokojet

1983年小名浜生まれ。小名浜東小、小名浜二中、福島高専を卒業後、上京。食品工業用の機械メーカーに勤める。千葉県市川市在住。

 

 

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コメント: 1
  • #1

    @LOVEAKALICO (日曜日, 03 7月 2011 00:51)

    進学で小名浜を出てン十年、現在福岡市在住です。私が感じているのとほとんど同じ気持ちです。九州では東北人は珍しいので、皆心配して下さるのです。が、テレビで見た情報を私に披露して確認したいだけの方もいて、次第に私も深刻な話は封印し当たり障りないお返事をするようになりました。自分はここにいて、実際被害は受けてないわけで小名浜で一人生活する母への申し訳なさ等、重なる手記でした。言葉にしてくださってありがとうございます。