Re:vive 松田 義勝さん
被災した町に勇気を与え続ける「浜の男」
震災直後から店を開け続け、井戸水を開放するなど小名浜に生きる力を与え続けてきた鮮魚店がある。
港が壊滅的な打撃を受け、目の前に突きつけられた絶望と向かい合う毎日。
松田義勝社長は、それでもなお粛々と自分の宿命を受け入れ、前を向いて、闘っている。
(取材/文 : 小松理虔)
小名浜の中心部に位置するショッピングモール・リスポの目の前に店を構える「さんけい」。この店の前には、震災直後から、被災者たちの長蛇の列ができていた。皆、魚を買いにきたわけではない。百人近い人が、水を汲みにきていたのだ。
「昔掘った井戸があってよ、毎年市の検査も受けてたんだ。デカい地震があって、店の営業もロクにできなかったし、あんなニュースばっかり見てたら気が狂っちまうよ。それで、水くらいならナンボでも持っててもらって構わないって、開放したんだよ」
いきなりの取材にも明るい表情で応えてくれた大将。店舗が港から少し離れていたおかげで命拾いしたと、ヒビの入った道路を指差して、「見てみろ、道路にもヒビ割れできちまったけど、俺んとこは何とか大丈夫だったよ」と誇らしげに店を案内してくれた。
「俺は魚屋なのに、魚売らないで水ばっかり汲んで、正直、俺なにやってんだって、思ったこともあった。だけどよ、幸運にも津波の被害もなくて、店も壊れてない。そんで、きれいな井戸水もある。これも宿命なんじゃねえかって、思ってやってたよ」
慣れ親しみ、多くの仲間たちがいる港は壊滅状態。次の仕入れの見込みもまったくのゼロ。幸い、冷凍してあった商品があったため、陳列棚を空にせずには済んだが、今後の営業の予定はほとんど立っていない。市場で仕入れた野菜などを売るしかないのだという。にも関わらず、大将は競り用の帽子をかぶり、誰かが来るのを待っている。
「売るものもねえのに、社員は朝からここに集まって来てくれる。社員を食わしていかなくちゃいけねえ。ほんとは俺も心が折れそうなんだよ」。さっきまで気持ち良く喋っていた大将が、そういって涙を浮かべた。絶望の中にありながらも、社長として店を守り、小名浜に勇気を与え続けてきたプレッシャーはいかばかりだろう。
「でもな、水だってなんだって、社長助かったよ、ありがとうなんて言ってくれる。ほんとうなら俺が魚買ってくれてありがとうだよ。でも、お客さんのほうが頭下げてくれる。これはなんだろうって思ったよ。お客さんにありがとうって感謝されたら、やるしかねえじゃねえか。それでいいんだ、それでいいんだって、自分に言い聞かせてきたよ」
今までたった1人で耐えてきたのだろうか。大将は、こらえてきたものを一気に吐き出すようにまくしたてた。そして最後に、「これも宿命なのかなと思ってるんだ」と言って、子どものように、腕で涙を拭いた。
奥から、女将の順子さんがやってきてこう言う。「父ちゃん喋りすぎだろう。いつもこうなんですよ。早く写真撮らせてあげなよ」。あさってのほうを向いて、少し恥ずかしそうに涙を拭いた大将は、「女ってのはこういう時はほんとに強ぇぞ。母ちゃんにはかなわねえな」とゲラゲラと笑った。一気に、場が和らいだ。大将は、たった1人ではない。夫婦で1組。強い絆で結ばれている。
帰り際、売るものがないというのに、「持ってけ」といって干物を持たせてくれた大将。「小名浜は、あとはおめえらみたいな若えのにまかしたぞ」といって、僕の肩にゴツンと拳を飛ばした。その拳の熱は、じんわりと、でも確かな温度を持って、心に響いた。
報われることを求めず、ただひたすら誰かの笑顔のために汗を流し続け、宿命だと言って、苦労を受け入れてしまう。涙もろいけれど、深い人情味に溢れたその言動。これが、「小名浜の男」なのだろうか。大将の言葉ひとつひとつに、ふるさとを思うアツい血が流れていた。復興の第一歩は、もうすでに、この店から始まっている。
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