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SUPERLOCAL interview

皆川 俊平

東京に、アーティストは要らない

text by Riken KOMATSU / 写真提供 WATARASE Art Project

profile / 皆川 俊平  Shumpei MINAGAWA

1982年神奈川県藤沢市生まれ。東京藝術大学在学時の2006年よりWATARASE Art Projectを主宰。2011年より総務省「地域おこし協力隊」制度により日光市(旧足尾町地域)に赴任し、現在、日光市足尾町在住。作家としても活動の場を広げ、中国や韓国などでも高い評価を受けている注目の作家である。

 

栃木県わたらせ渓谷鐵道沿いの山あいの町で2006年から行われている「WATARASE Art Project」という芸術祭がある。かつて「足尾銅山鉱毒事件」の舞台ともなった渡良瀬地区。地方、貧困、格差、エネルギー、汚染、、、福島にも連なる「地方のなかの地方」で、アーティストたちは何を見、何を感じているのか。東京を飛び出し、わたらせに活路を見出したアート界の異端児に話を聞いた。


 

―わたらせ、そして足尾との出会い

 

栃木県日光市足尾町。「足尾」と聞けば、歴史の教科書で学んだ田中正造翁の顔を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。近代日本が生み出した最悪の公害事件「足尾銅山鉱毒事件」を引き起こした足尾銅山の麓町である。

 

あちこちに見られる「禿げ山」に往時の余韻は感じられるものの、県下第二の人口を誇ったかつての賑わいは今はない。合併前の足尾町の人口は3000人にも満たなかったという。まさに、時代に取り残された町といっていいだろう。

 

しかし、そんな足尾を拠点に、WATARASE Art Project(以下WAP)は産声を上げたのだった。プロジェクトがスタートした2006年は、奇しくも足尾町が旧日光市などと共に合併し、自治体としての歴史に幕を下ろした年でもある。↗

 

皆川へのインタビューはskypeで行った
皆川へのインタビューはskypeで行った

 

 

 

足尾を取り巻く環境が大きく変化するなかで、当時、東京藝術大学に在籍していた皆川は仲間数人とわたらせの地を訪れ、間もなくプロジェクトの中心メンバーとして奔走することになる。


わたらせとの出会いは、2005年にわたらせ渓谷鐵道の始発駅でもある桐生市を訪れたときに遡ります。桐生は、かつて織物産業が栄えましたが、現在は廃工場も多く、東京藝大の講師から「廃工場を再利用できないか」と誘いをもらい、アートプロジェクトに携わることになったんです。

 

その後、桐生市だけでなく、足尾を中心とした、わたらせ渓谷鐵道沿線のアートプロジェクトとして「WATARASE Art Project」がスタートし、当初から主宰の1人として携わってきました。

 

わたらせ渓谷鐵道の沿線の町の中でも、やはり足尾という町に対するイメージはかなり強烈でした。非日常感が町全体に広がっていて、「日本にこんな町があるのか!」と、異質さを感じたんです。

 

足尾を訪れる前にヨーロッパを訪れていたのですが、その中でもハンガリーとよく似ているような気がしました。ヨーロッパの境目の独特の雰囲気、あの鉄錆の風景や社会主義的な気配が足尾とすごく重なったことを覚えています。



ー足尾に残る「負」をポジティブに変換

 

近代日本を揺るがした「足尾銅山鉱毒事件」の舞台として知られる足尾。しかし、鉱毒事件がすべて過去のものになったかというと、実はそうではない。鉱毒問題を引き起こした「古河鉱業」は、現在は「古河機械金属株式会社」と名を変え、まだ会社として存続している。現在は東京に本社があるものの、「未だに古河が足尾を見ている感覚がある」と語る皆川のエピソードは、日本の巨大電力会社を思い起こさせる。

 

例えば、プロジェクトで古河のことを否定的に捉えた作品を展示すると、足尾に出向している古河の職員が会場に見に来たりするんです。具体的に「こうした作品はやめて欲しい」と検閲が入ることもあります。

 

逆に、足尾の負の部分をポジティブに変換するような作品には、かなり好意的な態度を見せてくれたりもします。私たちも古河とは協力関係にはあるのですが、そうした「検閲」ひとつとっても、足尾と古河の関係は根深いものがあります。

 

過去にプロジェクトに参加してくれた女性2人のアートユニットは、足尾を評して「無国籍な町」だと言っていました。私も同感です。東京をはじめ、日本の都市にはどこも日本という国籍がありますが、足尾は、そうしたアイデンティティの拠り所すらないのかもしれません。それは、いろいろな時代感が混在しているからだと思います。過去から繋がるさまざまな歴史だけではなく、足尾には、日本の未来もあるのではないかと感じています。


というのも、足尾と日本の人口減少をグラフにして比較すると、その減少の曲線がよく似ているんです。足尾のほうが先に人口が減り始め、それを追うようにして日本の人口も減っている。足尾は、2、30年後の日本の未来なのかもしれません。

 

時代に取り残されているようでありながら、過去、現在、未来までをも多様に複雑に内包する足尾。そこにやってくるアーティストたちは、拠り所のない自己と対面し、独自のルールを模索しながら自らの制作に没頭していくのだろう。

 

興味深いのは、アーティストたちの生み出す独自のルールを町に対してオープンにしていくということだ。町に開かれた制作環境と長期的なレジデンスが、作家たちに公共性と主体性を生み出していくのだと皆川は語る。


皆川が滞在する赤倉地区の民家。古民家がアーティストの制作拠点となる。
皆川が滞在する赤倉地区の民家。古民家がアーティストの制作拠点となる。
町のあちこちに点在する共同浴場。アーティストたちももちろん使う。
町のあちこちに点在する共同浴場。アーティストたちももちろん使う。
歴史資料にみる足尾銅山全図。
歴史資料にみる足尾銅山全図。

 

―作家が主体となること生まれる公共性

 

地方を舞台にしたアートプロジェクトなどでは、インスタレーションなどの「作品」に注目が集まる場合も多いのですが、僕自身は、作品よりも「作家」の存在が公共性を生むほうが多いと考えています。

 

毎日の食事や買い物など、作家たちは地域の人と交わらざるを得ません。そこに、会話やコミュニケーションが生まれ、その町にとっては異物かもしれない作家の存在が、「公共」を生み出していくわけです。

 

足尾での例をあげれば、それぞれの集落に昔からの共同浴場があります。限られた集落の人たちしか使わないため、他の集落の人たちはやってきません。とても閉じられた空間ですが、お風呂に入らないわけにはいきませんから、作家もその空間に入っていくんです。

 

それによって、作家自身が集落内だけでなく、集落の外の人同士を繋げる存在にもなっていく。作品があるかないか、ではなく、作家があるか否かが鍵だと考えています。

 

プロジェクトを通して、地元の廃工場を保有している桑原さんという90歳のおばあちゃんと知り合ったのですが、毎年すべての作品を見て、自分の中での1等賞を決めているのだそうです。面白いことに、桑原さんの選ぶ作品は、作家たちからもすごく評価されているんです。

 

それで、今年から「桑原賞」という賞を創設しよう、なんて話をしているところなのですが、作家たちとコミュニケーションすることで、桑原さんのアートに対するリテラシーがどんどん上がっている。作家の公共性を考える上で、とても重要なことだと思います。↗ 


 

—地域で求められる作家の主体性

 

昨今、全国各地でアートプロジェクトが行われています。芸術作品やプロジェクトが持つ「公共性」を期待してのものでしょう。しかし、作品の公共性を期待するあまり、「誰もが参加でき、誰もが理解しやすい作品」が増えているのも事実です。

 

もちろん、それによって市民の動員や賑わいに繋がれば、それはそれで喜ぶべきなのかもしれませんが、もはや作家の主体性は喪失してしまっている。果たしてそれは、アートなのでしょうか。

 

わたらせの場合は、作家自身の持つ公共性は認めつつも、作家自らが独自のルールを作り、主体性をもって動いていくことを目指しています。それを繰り返していくことが、わたらせという土地をあぶり出し、地域とアートの新しい価値を創出することに繋がります。

 

その結果、桑原さんのような人を少しずつ生み出し、公共性のバランスがうまく取れるようになる。そうなれば、アートを巡る社会的な環境も徐々によくなるような気がします。


皆川がより作家に着目するのは、作家が生み出す独自のルールにアートの源泉があると考えているからだろう。それは、地域のしきたりを無視するようなものかもしれないが、既存の概念では捉えらきれない時代性・多様性を持つわたらせ地区だからこそ、それは機能する。

 

「これまでの価値や概念を転換させてしまう」こと。それこそWAPの意義であるとともに、奇しくも、足尾やわたらせが歩んできた歴史そのものなのだ。

 



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コメント: 1
  • #1

    桑原充男 (木曜日, 05 3月 2015 17:59)

    大変ご無沙汰致しております。
    大間々町桑原マンガンのイエの息子の充男です。
    母はワタラセアートプロジェクトで皆様に出会い、感謝をしていました。
    母は3月4日に永遠の旅に出ました。入院中も思い出ばなしをしてくれました。皆様にお知らせします。
    桑原 イエ (92) お通夜 3月7日(土)18:00 告別式 3月8日(日)11:00
               高松斎苑 みどり市大間々町大間々741-1